このサイトを作りながら税制を調べていて、正直なところ最近まで知らなかった仕組みがある。退職所得控除の「20年の壁」と呼ばれるものだ。勤続年数20年を境に、退職金から差し引ける控除額の増え方が、ガラッと変わるルールである。

周りに「これ知ってる?」と聞いてみたが、知っている人はほとんどいなかった。それでいて、退職金が大きい人にとっては数十万円〜数百万円の手取りに影響する話。本記事では、まず制度の中身を整理してから、勤続19年・20年・21年で実際にいくら差が出るのかを並べる。後半では、現代の働き方とこのルールが噛み合っているのか、私自身の考えも書く。

「20年の壁」の中身

退職所得控除は、勤続年数によって計算式が2つに分かれている。

注目すべきは「20年を超えてからの1年あたりの単価」だ。20年までは1年につき40万円ずつ控除枠が増えるのに対し、20年を超えると1年につき70万円。1.75倍に跳ね上がる。これが「壁」と呼ばれる理由である。

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勤続年数ごとの控除額を並べてみる

実際に勤続年数を1年ずつ並べて、控除額がいくらになるかを比較してみる。

勤続年数退職所得控除額前年からの増加
15年600万円+40万円
18年720万円+40万円
19年760万円+40万円
20年800万円+40万円
21年870万円+70万円
25年1,150万円+70万円
30年1,500万円+70万円
35年1,850万円+70万円

表の中で色がついている19年・20年・21年に注目してほしい。20年から21年に上がる瞬間、1年あたりの増加額が突然70万円に変わっているのがわかる。

補足|なぜ「壁」なのか

計算式の係数が、ある勤続年数を境に切り替わる設計になっているため、年数の積み上がり方に「段差」が生じる。連続的に増えるのではなく、20年を境にカクッと角度が変わるグラフを想像するとイメージしやすい。

あと1年踏ん張るべきか問題

「20年の壁」を知っている人が、勤続19年あたりで直面するのがこの問題だ。あと1年勤めれば控除枠が大きく増える。退職を1年先延ばしすべきか。

私自身、もしこの状況に置かれたら、メリットが大きいなら1年くらいは粘ると思う。控除額が増えれば、退職金のうち税金がかからない部分が増えるわけで、その差額がそのまま手取りに反映される可能性があるからだ。

ただし、この判断には1つ重要な前提がある。退職金の見込み額が、控除枠を使い切るくらい大きい場合の話、ということだ。退職金が控除額より少なければ、もともと税負担はゼロのまま。20年の壁を意識する意味はない。

自分の見込み退職金がいくらなのか、勤続20年時点の控除額(800万円)を上回るのか下回るのか。ここを把握しておくことが、判断の出発点になる。

現代の働き方と「20年の壁」

ここからは、私個人の見解を書く。

20年の壁を知ったとき、率直に「今の働き方には合っていない仕組みではないか」と感じた。私の周りには、同じ会社にずっと勤めている人は少ない。むしろ個人事業主や、転職を繰り返している人の方が多い。20年勤続を前提に設計された控除制度は、終身雇用が当たり前だった時代の発想で、現代の労働市場とは前提が違っている。

もう1つ気になるのが、「向いていない仕事なのに、税制優遇のために辞められない」という状況が起こりうること。退職金の控除が大きくなるからあと1年、あと2年と先延ばしする。日本の文化的にも「我慢して少しでも得しよう」という考え方が根強い気がしていて、本来やりたい仕事に動くインセンティブを削いでいる側面はないだろうか。

これは制度の批判というより、「税制が個人のキャリア選択に与える影響は意外と大きい」という話だ。20年の壁を理由に退職を遅らせる判断は合理的でありうるが、そこに「人生で何をやりたいか」という別の軸も置いた上で判断する方が健全だと思う。

転職した場合:A社15年→B社15年で控除額はどうなる?

この記事を書きながら自分でも疑問に思ったのが、「同じ会社で20年勤めなかった場合はどうなるのか」という点。実はここに、20年の壁を理解するうえで重要な前提が隠れている。

退職所得控除の勤続年数は、原則として退職金を支払う会社ごとに別々に計算される。つまり、A社で15年・B社で15年と分けて働いた場合、それぞれの退職金で控除枠を別々に計算することになる。

働き方退職所得控除の合計
同じ会社で30年勤続1,500万円
A社15年 + B社15年(転職あり)1,200万円(600万 + 600万)

転職を挟むだけで、控除枠が300万円分減る計算になる。「20年の壁」は、実は「同じ会社で20年超勤め切った人だけが超えられる壁」でもある。複数社を渡り歩いた人にとっては、そもそも超えられない設計になっている。

補足|複数の退職金を近い時期に受け取る場合

同じ年や数年以内に複数の退職金を受け取る場合、勤続期間の重複部分について控除額が調整されるルールがある。具体的には、退職一時金で4年以内、iDeCoや企業型DCで19年以内に他の退職金を受け取っていると、控除計算が複雑になる。該当しそうな場合は税理士への相談をおすすめする。

フリーランス・個人事業主の退職金代替

ここまでは会社員前提の話だったが、フリーランスや個人事業主には、そもそも会社から支払われる退職金は基本的にない。ただし、退職金「相当」を自分で積み立てるための公的制度がいくつか用意されている。

制度月額上限受取時の税制優遇
小規模企業共済7万円退職所得控除が使える
iDeCo(自営業者)6.8万円退職所得控除 または 公的年金等控除
国民年金基金6.8万円公的年金等控除

最近はiDeCoが広く知られていて、確かにiDeCoでも退職所得控除は使える。ただ、フリーランス・個人事業主向けの「退職金代替」として最も伝統的かつ強力なのは、実は小規模企業共済だ。中小企業基盤整備機構が運営する公的な制度で、対象が個人事業主や小規模企業の役員に限定されている。まさに「フリーランスの退職金」のために用意された制度と言える。

iDeCoと小規模企業共済の使い分け:

両者は併用可能で、「小規模企業共済 + iDeCo」の両建てがフリーランスの王道とされる。前述したように私の周りには個人事業主が多いが、これらの制度を使いこなしている人はまだ少ない印象がある。退職所得控除を使える数少ない選択肢として、知っておく価値は高い。

制度の経緯と見直しの動き

この20年区切りの設計は、もともと長期勤続を促進する目的で導入されたものだ。1つの会社に長く勤めるほど、退職時にまとまった控除が受けられる仕組みになっている。

ただし、近年の政府税制調査会では「働き方の多様化に合わせて見直すべき」という議論が継続的に出ている。20年の壁を含む退職所得控除全般の改正動向については、別記事の退職所得控除の改正で何が変わる?で詳しく整理している。

まとめ

退職所得控除の「20年の壁」は、勤続20年を境に、1年あたりの控除額が40万円から70万円に増える仕組みだ。退職金が控除枠を超える人にとっては、退職タイミングを判断する重要な変曲点になる。一方で、退職金がそれほど大きくない人にとっては、必ずしも影響する制度ではない。

判断のためにまず必要なのは、自分の退職金の見込み額と、控除枠の比較だ。トップページのシミュレーターで勤続年数を変えながら控除額・税額の変化を確認できる。「あと1年で実際にいくら変わるのか」を具体的な数字で見てから、退職判断を考えるのが現実的なアプローチになる。

※ 本記事は2026年度時点の税制に基づく一般的な解説です。具体的なケースについては税理士または管轄の税務署にご確認ください。退職所得控除の制度は将来的に改正される可能性があります。